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『遺書』と『遺言書』を書いて、布団に潜り込んだ仕事を休んだ1日

希死念慮が強すぎて、本当に死ぬ気で遺書と遺言書を気づけば作成していた…。

『遺書』と『遺言書』の違い…、きちんと知らなかった。今まで書いていた遺言書は型に合っていなかった。
そんなことは別にどうでもよかった。

遺書はデジタルと紙媒体で数種類、数人宛に既に用意している。

死ぬことに恐怖がない。ただ…

迷惑がかかるのはわかる、だから辛うじて死なないだけ。

死ねる場所、死んでもいいところを用意してくれたらいつでも死ねる。

「じゃあ死んだつもりで他のやりたいことに取り組めばいい」と多くの人は言うかもしれない。

  • そんな気力がない、気持ちと身体がついていけない。
  • 通勤も自転車で行けば気が紛れると思ったが、体力の落ち方が激しくて諦めた。
  • 体力が落ちている・楽しかった自転車が楽しくない。
  • やりたいこともない、生きている希望もない。
  • 辛うじて配偶者がいるから、生きている。
  • 独りならおそらく今頃世の中にはいない。

人目も憚らず泣くことも増えた。トイレで用を足すより、嘔吐することの方が当たり前になった。

仕事を楽しめず、形骸化した心身で儀式的に電車に乗り込む。
雑音が気になるからイヤホンは必須。

遺書も簡単な大雑把なことしか書いていない。
つくづく笑える。
死ぬ前にもっと色々思いがわき出てくるかと思ったが、そんなことはない。

『死』が近いこと、そちらにしか思考が向いていない証拠。

朝から不快なつぶやきだろうが、どうかゆるしていただきたい。

いつか要らなくなったら、この記事は削除します。

追記

あの後何とか仕事に行き、途中まで行けましたが、無理をせず帰宅しました。
何とか生きています。生きるって死ぬことより難しいかもしれませんね…、そう感じました。

Twitterなどでご心配頂いた方ありがとうございました。

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